住みよい街 堺・三国ヶ丘1

大阪府外から堺の三国ヶ丘に越して来てはや数年。振り返ってみるとこれまで住んできた街の中でも一番住みやすい街だと感じている。数ある街の中で、なぜ三国ヶ丘を選んだのか、その魅力と実際に住んでみた感想を何回かに分けて連載したいと思う。

1.なぜ三国ヶ丘を選んだのか

 1-1.大阪南部への転勤

大阪府外から大阪転勤を命じられた場合、引っ越し先としてよく選ばれるのは、吹田市や豊中市を始めとするいわゆる”北摂地域”だと思われる。理由として考えられるのは、梅田など大阪市中心部へのアクセスの良さに加え、1970年の大阪万博の時期に竹藪などの広がる丘を切り拓いて開発された比較的新しい街のため、転勤族にもなじみやすいということが挙げられると思う(実際、転勤族や府外から定住している方が多い)。街の歴史としては浅いが、転勤族の住む場所としては無難な選択と思う。しかしながら、大阪市南部や臨海の工業地域などに転勤が決まった場合、北摂からのアクセスは少ししんどい。そこでまずは大阪市よりも南で探すことにし、最終的には堺市のなかから探すことにした。(そのほかの地域を候補から外した理由は別稿で触れたい)

 1-2.三国ヶ丘中学校学区(子育てを考えて)

情報収集を進める中で取り分け評判が良かったのが三国ヶ丘中学校学区。より詳細には三国ヶ丘小学校と榎小学校学区を足し合わせたところになる。実際に住んでみて気づいたことだが、幼児期から習い事に積極的な家庭が多かったり、近所の小学生の礼儀正しさであったり、そういったところで教育熱心な家庭が多いと感じる。理由を色々考えてみたが一番しっくり来るのは、医師や仕業、事業をされている方など、教育への投資余力をもつと思われる方が多く住まわれており、地域の教育レベルを上げているものと思われる。 理由として考えられるのは、学区の中心部付近は第一種低層住居専用地域に指定されていて住環境が保証されていること、利便性の観点からは堺市の商業・行政の中心の堺東駅より徒歩圏内であることと、堺東駅から大阪第二のターミナルなんば駅まで電車で12分と利便性が高いため、地価を引き上げているものと考えられる。実際に路線価を調べてみると、15~21万円/平米と堺市の他の人気住宅地の1.3~1.5倍程度と飛びぬけていることが分かる。なお、近所で売り出されていた土地の実勢価格を調べると、おおむね90万円/坪程度のようだ。

 1-3.利便性

三国ヶ丘地区では一部例外はあるものの、すべてが徒歩圏内にそろう。三国ヶ丘高校周辺の地区の中心部であれば、市区役所、税務署、郵便局、メガバンクの支店、駅、バスターミナル、百貨店、スーパー、ドラッグストア、コンビニ、商店街がすべて徒歩10分圏内で、利便性はかなり高い。大阪市内中心部へのアクセスも電車で10分程度と便利であるが、たいていのことは徒歩圏内で事足りるのがよい。その上、ほとんどが平地のため移動も楽々である。

 1-4.災害に強い

三国ヶ丘地域は大阪城付近から延びる上町台地の南端部に位置する。古代の大阪は上町台地を除いては多くの部分が海であった。その後、川で削り取られた土砂が徐々に堆積し、さらに江戸期以降現代にいたるまでは人工的な埋め立て地が形成され今の大阪の形となった。その歴史的経緯を考えると、上町台地は周囲に比べて地盤が固く標高が10~18m程度と高いため、液状化や洪水、南海トラフ地震時に最大3m程度と予想される津波の被害とは無縁の地域である。南海高野線の線路が上町台地の縁を通っているようで、踏切を渡って東側の三国ヶ丘地域に入ると、30mほどの距離で上り坂になっているのが感じられると思う。古地図を参照すると、古墳のお堀の水やため池を灌漑用水として何とか活用していたものの、 高台で水が得にくいことがあだとなり、 特に江戸期に大和川付近で新田開発されてからはそちらに農民が吸い寄せられ、三国ヶ丘地域で耕作放棄地が急増したほど、水害とは縁のない土地だったようだ。詳細は堺市役所HP掲載のハザードマップを参照されたい。ただし上町台地は上町断層のずれによって生じた地形のため、断層型の地震が懸念されるが、上町断層は北は豊中市から南は岸和田市まで続くため、これを気にしてしまうと大阪はどこも住めなくなってしまう。三国ヶ丘地域内の古墳がその形を変えずに姿を留めているということからも、災害への強さを物語っている。

 1-5.歴史と文化

三国ヶ丘地域には、紀元前90年からの歴史を誇る方違(ほうちがい)神社や、世界文化遺産に登録された反正天皇陵古墳が存在するなど、近所を散策するだけでも歴史の風を感じられる。少し足を延ばして自転車で15分ほど走れば、戦国時代に港町として繁栄した旧市街(環濠集落)や世界最大の墳墓である仁徳天皇陵古墳にもアクセスできる。新しく開発された無機質なニュータウンよりも個人的にはこのような歴史と文化を感じられる街の方が愛着を持てる。

次回から、個別の項目ごとに詳細について紹介したい。